レイチェルカーソンではない。
化学物質によるものではなく「シン・コロナ」による沈黙。
静かだ。
そしてひっそりとそばに迫っている。
「志那ウイルス」の「お蔭」で生活が完全に壊れてしまった。
破綻。
もう…先が見えない。
訳じゃね~けど~
見えるのが崩壊しかね~んだよな。
明るいものが見いだせない。
休業のお店。
コーシーさえ飲めんのか…
時間つぶしの場所がない。
もっともそんな場所に行くのもご法度のような空気。
飲食店がみんな休業。
いや、それ本気で困るんだけど。
コーシー飲んでとかね。
結局、スーパーでパンと防酪のコーヒー牛乳買って車の中でお食事。
虚しい。
終わっている。
人のいない場所。
あたしのイメージする作品撮りができそうなんだけどな。
モデルいね~っす。
誰か…なってくれんかなぁ。
とか思うのです。
ただね、「シン・コロナ」のリスクがあるので何とも言えないし。
傍観者のままでいてもいいのかもね。
それこそここも冷静にね。
今ならなんかできる気がする。
なんもできないから。
無からの構築。
面白いじゃないの。
破壊された今。
創造する明日。
何かしらの目標が見えるだけでええと思う。
花壇に捨てられたごみ。
そんな感覚。
掃き溜めに鶴という感覚じゃないもの。
それをちょっと求めている。
歩く人。
目標がある。
先がある。
今、停滞している自分。
なんかできると思う。
とかね。
ただ、今は自制心の方が大きい。
あたし一人が「シン・コロナ」にかかってもどうでもいい。
でも、それは周囲に大迷惑をかけることになるんだな。
人は一人では生きられない。
こういう意味でもあるんだな。
考え方を変えれば人は孤独じゃないんだよね。
みんな独りぼっちって…
てめー一人の問題じゃね~って事だ。
「シン・コロナ」になり孤独死しても死体袋に入れる人が必要なことを考えた。
そんな中ですけど。
今は理解ある人を募集中です。
あー、モデルのことです。
リスク覚悟の上でのね。
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